1980年代後半から1990年代前半に起こったバブル経済といえば、皆さんご存じ日本のバブル経済です。
この時代、日本は確かに栄華を極め、世界の中心にいました。しかし、実際何が起こっていたのかを知る人はそう多くはいません。今回は日本のバブル経済を解説します!
〇バブル経済
日本のバブル経済は、1980年代後半に発生し、1990年代初頭に崩壊した、資産価格(特に不動産と株式)が過度に高騰した時期を指します。この現象は、日本の経済政策や金融政策、投機的な動きなどが複雑に絡み合って発生しました。以下に、バブル経済の形成から崩壊に至るまでを時系列でわかりやすく解説します。
1. バブル経済の前兆(1970年代後半〜1980年代初頭)
1970年代後半から1980年代初頭にかけて、日本経済は高度成長期が終わり、安定成長期に移行していました。
高度成長期の終わり
1970年代、日本は高度経済成長を遂げましたが、1973年のオイルショックや、労働力不足の影響で成長率が鈍化し、経済は安定期に入ります。
プラザ合意(1985年)
1985年、アメリカの貿易赤字を是正するために、G5諸国(アメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリス)が「プラザ合意」を締結。これにより、円が急激に円高となり、日本の輸出産業に大きな打撃を与えました。この円高への対策として、日本政府は金融緩和政策を採用し、金利を引き下げました。これが後のバブル形成に繋がる重要な要因となります。
2. バブル経済の形成(1986年〜1987年)
1986年から日本は、金融緩和政策により経済の過熱が始まり、不動産や株式市場で急速な価格上昇が見られるようになります。
低金利政策
プラザ合意後、円高を是正するために日本政府は金利を低く設定しました。この低金利政策により、企業や個人が借り入れしやすくなり、投資資金が増加。多くの投資家や企業が不動産や株式に資金を投じるようになりました。
不動産と株価の急騰
投資家や企業は、借りたお金で不動産や株式を購入し、その価値が上がることを期待しました。その結果、都市部の地価は急激に上昇し、特に東京の中心地では「土地神話」と呼ばれるほど、不動産価格が天文学的な水準に達しました。また、株式市場も急騰し、日経平均株価は急速に上昇しました。
投機熱の拡大
投資家だけでなく、一般の企業や個人も、借金をしてでも不動産や株式に投資する「投機熱」が広がりました。多くの人々が不動産や株式を購入し続ければ、価格はさらに上がると信じていました。
3. バブル経済のピーク(1988年〜1990年)
1988年から1990年にかけて、日本のバブル経済はピークに達します。
日経平均株価の急上昇
株式市場は投資家の期待に応え、連日のように高値を更新しました。1989年12月29日、日経平均株価は史上最高値の38,915円を記録しました。このとき、多くの人が株式市場はまだまだ成長し続けると信じていました。
不動産価格の天井知らずの上昇
不動産市場もバブルのピークを迎え、特に東京都心部の地価が異常な高騰を見せました。例えば、東京都心の1平方メートル当たりの土地価格は、数百万円に達するケースもありました。
銀行の過剰融資
低金利政策の影響で、銀行は企業や個人に対して過剰な融資を行いました。多くの企業は、不動産を担保にしてさらに借り入れを行い、事業投資やさらなる不動産購入に資金を投じました。この過剰融資が、バブルをさらに拡大させました。
4. バブル崩壊の始まり(1990年〜1991年)
1990年代初頭、日本のバブル経済は崩壊し始めます。
日本銀行の金融引き締め政策
1989年、日銀は急速な地価や株価の上昇を抑えるために、金融引き締め政策を採用し、金利を引き上げました。この政策により、借り入れコストが上昇し、企業や個人の投資活動が減少し始めました。
株価の急落
1990年に入り、日経平均株価は急激に下落し始めました。1989年末に38,915円だった日経平均株価は、1990年末には約23,000円まで急落し、多くの投資家が損失を被りました。
不動産価格の下落
株価の急落に続き、不動産価格も下落を始めました。特に、都市部の地価が急速に下がり、不動産を担保にして融資を受けていた企業や個人が、返済困難に陥り始めます。銀行も不良債権を抱え、経済全体が厳しい状況に追い込まれました。
5. バブル崩壊とその後の影響(1992年〜2000年)
バブルが崩壊すると、日本経済は長期的な不況に陥り、いわゆる「失われた10年」が始まります。
不良債権問題
バブル期に過剰な融資を行っていた銀行や金融機関は、バブル崩壊後に多額の不良債権を抱えることになりました。企業や個人が借金を返済できず、銀行は破綻の危機に直面しました。この不良債権問題は、金融システム全体の安定性を揺るがし、経済の低迷を長引かせました。
デフレと経済停滞
バブル崩壊後の日本経済は、長期にわたるデフレ(物価が下がる現象)に直面しました。企業の投資意欲は減退し、個人消費も低迷しました。経済は成長を停止し、多くの企業が倒産し、失業率も上昇しました。
金融機関の救済と改革
政府は金融機関の破綻を防ぐため、銀行救済のための資金注入や、不良債権の処理を進めました。これには時間がかかり、経済は長期間にわたり回復しませんでした。結果として、1990年代から2000年代にかけて「失われた10年」と呼ばれる経済停滞が続きました。
まとめ
日本のバブル経済は、1980年代後半に金融緩和政策や過剰な融資、投機的な投資が重なり、不動産や株式の価格が急激に上昇して形成されました。しかし、1990年代初頭に金融引き締め政策が行われたことで株価や地価が暴落し、バブルは崩壊しました。その後、日本は不良債権問題やデフレに直面し、「失われた10年」と呼ばれる長期的な経済低迷期に突入しました。
バブル経済は、一時的な経済の繁栄をもたらしましたが、その崩壊は日本経済に深刻な打撃を与え、長期にわたる苦境を引き起こしました。